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椙山女学園大学 生活科学部 FD委員会

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名物授業・名物教授

管理栄養学科 續順子
管理栄養学科 續 順子
「人間になろう」を求めて
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管理栄養学科 間瀬民生
管理栄養学科 間瀬 民生
「団塊の世代」である私達
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生活環境デザイン学科 橋本雅好
生活環境デザイン学科 橋本 雅好
デザインとは何か? 色々とチャレンジしています!
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生活環境デザイン学科 滝澤愛
生活環境デザイン学科 滝澤 愛
自分を育てよう
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 「人間になろう」を求めて  /管理栄養学科 續 順子

◆「人間になろう」

椙山女学園大学に学ぶ皆さんは、この言葉を必ず見聞きしているはずです。
この言葉には、第二次世界大戦後この国のあり方が変わり、女性が自立した社会人として社会を支える役割を担うべきと考え、学園に女子大学創設を進められた先生方の理想が託されています。

私が大学へ進学した時代には、進学率が男性でようやく20%に達し、女性は短期大学と併せて12%に達しないという水準でしたから、女子教育はまだまだ良妻賢母、あるいは社会のサポート役の育成という風合いを色濃く残しており、四年制大学よりは短期大学の人気が高いという状況でした。

私は、小中高を経て星ヶ丘キャンパスに移設間もない時期の椙山女学園大学に入学以来、この言葉を心の糧にして、自らの生活を自分の働きで支える生き方の実現を考えて過ごして来ました。大学時代、世の中は学生を中心とした若者の既存社会へのプロテストの風が強く吹いていましたが、名古屋の女子大学ではこの風に乗る様子は見られず、学業中心の生活でした。合間を縫って、関東関西の他大学生、院生と議論を重ねたり、友人との登山や大和路探訪などに自由な時間を楽しみながら、心身のエネルギーを蓄えることが出来ました。

卒後の進路選択では、教育の場は、初等教育から順にではありましたが比較的早くから女性の進出が見られましたし、椙山女学園大学でも、卒業生の何人かを助手として採用していましたから、選び取る進路として、あまり迷いはありませんでした。

当初の所属は食品化学研究室でしたので、教科内容への理解を深めながら、分析技術を磨いて研究を進め、実験実習の準備や指導を重ねながら、後輩の相談にも預かって、様々な知識・経験や人間関係といった資源を蓄積することが出来たと感じています。

この当時、働く女性のための子育て支援の制度や環境設備の整備は不十分で、少なからず実家などにも支援を得ましたが、基本的な生き方として仕事を続けることに迷いは有りませんでしたし、幸い子どもに特別な傷病なども無かったので、若さという力も注いで乗り切ることが出来ました。 振り返ってみると、団塊の時代と呼ばれる年代の鼻先に位置していたこともあって、この国が大きく育ち、また成熟しつつその勢いを緩めて行く経過を、自身の身体感覚のように受け止めて来たのだと思われます。

管理栄養学科 續 順子

管理栄養学科 續 順子

 

名物授業写真

◆「学術の場」

大学研究室での勤務の先行きに不透明感を感じていた頃、名古屋大学遺伝子実験施設長杉浦昌弘教授の下で遺伝子解析研究を学ぶ機会を得ることが出来ました。食を含めた生命科学が遺伝子の解析・理解を基礎に再構築されていた時代で、遺伝子解析はその基盤技術ですから、これからの仕事にも必ず役立つと期待して、積極的な気持ちで向き合いました。

杉浦教授をはじめ、教員スタッフの方々、客員として研究に加わる国内外大学の教授・助教授たち、研究者を目指して一途の日々を過ごす大学院生が、実験結果を巡って議論を進め、新しい発見を確認して論文にまとめて行く姿から、強い印象を得ました。特に、当時始まった開放政策によって国外へ出ることが出来始めた中国からの留学生の方々の集中力には、目を見張るものがありました。

横浜、名古屋などでも国際的な学会が開催されて、これらへの発表論文に名を連ねることから始めて、名古屋大学での研修期間を終えてからも、所属学部の業務をこなしながら、夏休みなどの期間に開催されるヨーロッパ、北米、豪州での国際学会で毎年のように発表の機会が得られたことは、学術の現実の姿を理解する上で、非常に大切な経験でした。杉浦教授が主催された幾つかの学会運営のお手伝いも、学術研究を支える様々な支援の役割、必要性を具体的に学ぶ場でした。

研修期間中に取り組みを開始した主題をかれこれ5年近くかかけてまとめ、博士の学位を得ることが出来たことで、先に学んだことを伝えるだけではなく、学びを切り開き深める努力のあり方、暮らし方を伝えることにも自信を得られたことが、研修から始まった新しい経験の最大の成果であったと思っています。

 

◆「調理科学」「栄養教育論」

名物授業イメージ写真私が担当する科目は、調理科学と栄養教育論です。
調理科学は、食品化学研究室時代からの私の研究主題で、食材調理過程の物理的、化学的解明を踏まえて応用自在な調理を実現するものです。塩分、脂質、抗酸化力など、現代の食事の課題である食材成分や機能を中心に、その制御や構成、調理による変容などを卒業研究で在籍する学生と共に解析しています。複雑に見える調理も基本となる理論を把握すれば、いくらでも広く応用できます。これらを踏まえて、近年では外食産業とメニューや弁当等の開発なども手掛け、参加した学生のモチベーションも高まっています。

一方、栄養教育論は、食について解明された知識を、私達個々人の生活の中に実践として活かして行くための方法論を探るものです。食行動の主体は個々人ですから、その状態を捉え、適切な方向へ導くには、心理学・教育学・社会学などの人間行動についての分析・理解・経験を踏まえた取り組みが不可欠です。将来管理栄養士として、職場、地域、あるいは医療現場で人々の栄養管理を支えようとする学びの中では、是非理解を深めてもらいたい分野です。

調理科学の研究とは一見距離のある分野ですが、調理の科学的理論、実践の修得は上記の諸分野の基盤となるものです。私は、遺伝子解析技術研修から始まった新しい分野への挑戦と、そこで得られた学術研究教育への理解と自信を踏まえて、新しい管理栄養士養成カリキュラムで求められたこの分野にも、新たな挑戦として取り組むことを決意して、足を踏み入れました。

実験科学で行われる制御された環境での生命反応の解析とは異なり、多くの要因が錯綜する人間行動を対象とした課題ではあっても、考えられる要因の影響を順次取り除きながら、妥当性のある結論に迫るという基本を守ることで、これまでの学びの蓄積を活かせると考えたのと、これまで調理科学が明らかにした知見を、より積極的に人々の生活の中へ広げて行く方法を探るという意味で、取り組みの一貫性は保てると考えたからです。

椙山女学園大学では食育への取り組みを大学機能の一つとして認め、その活動の中心として食育推進センターを設置していますが、研究員としてこれに加わり、他学部の先生とも共同し、併設校の協力も得ながら栄養教育の実践を進め、これらを通じて栄養教育論研究を進めることが出来ていることは、時代の要請と私の選択が重なりあって、幸せなことだと思っています。

実際、食育指導の場においては、提供・摂取される食事の評価に調理科学の力量は基礎力として不可欠で、また、食品を摂取する人だけでなく、食品を提供する企業に対してもより適切な食材選択の示唆として調理科学の知見を伝えることが出来ます。

 

◆再び「人間になろう」

この場への寄稿を求められて、大まかに私の椙山女学園大学での経験を振り返ってみました。大学に残って皆さんに直接向き合っている私のような事例はむしろ少数で、多くの同窓生が多様な分野で自立を遂げ、社会的な役割を担って活躍しています。

現在、我が国の大学進学率は男性で55%、女性も短期大学分を併せるとほぼ同率で、卒後に活躍できる場も増え、支援態勢も徐々に整い、社会からの要請も強まって、椙山女学園大学に学ぶ皆さんは、多くの先輩の跡をたどり、また、新たな道を拓きながら進んで行くことでしょう。

私たちの平均余命が伸びたこととも併せ、現代の激しい経済・社会状況の変化の中では、人生において多くの転機を迎えることになります。管理栄養士を目指すことは、その中でも大切な一段階ですから、求められている課題をこなし、社会的責任を果たせるだけの資質を育んで行かねばなりませんが、同時に、多様な機会を捉えて新しい挑戦に取り組む自立心を養うことも忘れてはならないと思います。

日々の授業や調査・研究を通じて、皆さんに先立って「人間になろう」を求めて来た私からのメッセージを受け止めてもらえれば、と期待しています。

 

 「団塊の世代」である私達  /管理栄養学科 間瀬民生

◆ 団塊の世代の私

所謂「団塊の世代」である私達は、その数の多さから良きにつけ悪しきにつけ社会に問題を投げかけてきました。どの年齢においても「競争」に曝され、企業戦士として日本経済の発展に貢献してきた自負に反し、今、その団塊の世代の大量定年退職を迎え、今後の年金問題とともに新たな問題(実は予測されていた問題)を日本社会に投げかけています。

30数年をバイオ企業・産業界で過ごし、特に管理職となった30代から50歳まではワークホリックとも戦いながら、我武者羅に働き、気がつけば定年のゴールが見え始めていました。人生設計も持たず過ごしてきた私が唯一決めていたことは「定年前の転職」で、そんな時ここ椙山女学園大学に活動の場を頂いたことに深謝し、本学と本学学生に私の持てるもの全てでお応えしたいと思っています。

企業人としての人生と、もう1つ文化の異なる世界での人生を送れることに満足している次第です。
「人間になろう」を教育理念とする本学は、私にとっても自分を、人間を、そして地球の一員である生命体を再考する良い機会でもあり、教育・研究を超えて学生と共に在るべき生き方を探っていきたいと考えています。

管理栄養学科 間瀬民生

管理栄養学科 間瀬民生

 

名物授業写真

◆ 学生と私と教育は?

知多半島の小さな漁村に生まれた当時、私や村人にとり世界は数キロ四方でしかありませんでした。正に「地産地消」の経済圏です。町には1台だけのオート三輪車がありましたが輸送の主力は牛の引く荷車で、一人一台のマイカーを持つ現在から見ればまさに昔々の話になりました。そんな人生の始まりでしたが、日本の経済発展の恩恵を享受しつつ歩んできた結果、私の世界が地球と同じ広さになるまでに多くのことを経験し、見聞してきたことが人生を豊かにしてくれ、今日の私があります。

学生時代は学生運動の絶頂期であり、昼間の空手道部の活動と「日本の将来を語る?」徹夜の論議の明け暮れにその姿を幕末の若き志士と重ね合わせ酔いしれ、経済が右肩上がりで伸張し若者の可能性が広がる中、将来の自分のポジションなど気にもせず過ごした、・・良き時代でした。

一方、社会構造が細分化され、将来どのような世界で生きるかを高校生レベルで考えなければならない現在、本学科に来る学生は、将来「食の分野」で専門性を生かして仕事をしていくという目標を意識して入学してきており、その意識の高さに先ず驚かされ、卒業後の管理栄養士国家試験に向け一様に真面目です。と言っても、半世紀かけて私たちが手にした恵まれた現実を、生まれながらに享受している現在の学生とは、自ずと隔たりがあるのが当然であり、その隔たりを埋めるべく努める毎日です。

世の変遷とともに大学に求められることは変化し多様化しています。私たち大学人としての基礎的役割は①人間として社会で生活するための基礎としての一般教養②社会生活に必要な協調性と対話力、或いはリーダーシップ③職に必要な専門教育などの提供にあります。 その上で本学・本学科の独自色、加えて私自身の特色を出していくのが望ましく、しかし大変難しいことであり、これからも悩み続けていくことになるでしょう。学生側においても国家試験と言う目標が、勉学の方向を見誤らない方位磁石ではあるものの、教育を「消費」と考え、「国家試験合格マニュアル」を提供するのが大学の役割と見る風潮も否めず、彼女らの可能性を狭めてしまう危険性もあります。「大学とは自分の将来の道を探すところ」からすれば、教育に完成品を求めず、自由にデザインできる素材を手にし、豊かな人生を造形してほしいと考えます。その一方、必須教課の数の多さとそれに伴う自由選択の余裕の少なさに可能性を見過ごしてしまう危惧はあるでしょう。大学人としての基礎的役割を充足しつつ、学生には多くの情報と可能性とその解説を提供し、彼女らの大学生活とそれに続く人生に輝きを加えていきたいものです。

特に、学生の大半は時事に疎く、学びと関連した社会事象や食の分野の事例を紹介することで、学ぶ意義と価値を関連付けられるような授業を心掛けています。

 

◆ 私の研究と教育

生涯の研究テーマを「UFOの飛行動力源の研究」としています。UFOの動力源は満天の星の引力であり、星ぼしの引力を巧みに断続することで自由に宇宙空間を移動するという説に傾注していますが、未だUFOに遭遇することもなく研究を進展させる資料もなく、中断して30年以上が経過しました。
その間進めてきたのは、主に微生物相手の研究です。大学では糖類の研究で著名な松田和雄先生の研究室でシイタケ多糖の構造決定のお手伝いをさせて頂きました。決して良い学生とは言えない私にも先生は常に親切にご指導くださり、現在の私が学生に接する姿勢の基本は、松田先生に倣うものです。微生物の研究は、社から出向で2年間お世話になった理化学研究所の微生物研究室が原点です。ご指導頂いたのは、アルカリ性細菌から始まり今日の極限微生物分野を拓かれた掘越弘毅先生です。理化学研究所では微生物や酵素に関する知識・技術はもちろん、当時の最新機器に井の中の蛙を実感したものです。また、多くの著名な先生方に接することが出来、今日に至るまで大変な財産になりました。人との出会いの大切さを学生に語るとき、先ず理研を例に挙げます。

掘越先生はビジネス感覚をも持たれた新しいタイプの学者であり、研究以外の面でも駆け出しの企業人、私には学ぶところが多々ありました。社に帰って、微生物探索と産生する新規酵素を追い求め、それを主に食品加工に利用する研究に明け暮れてきました。バイオテクノロジーの潮流に乗り酵素の利用が産業分野に拡大するに連れ、他分野の研究者や企業人とも親交を深められました。成功の喜びと他社に遅れをとった悔しさの繰り返しで、瞬く間の30年でした。企業での研究成果は、学術雑誌への発表より特許取得が優先し、実際私の場合も後者が勝っており、今日では特許明細書の内容も学術論文に匹敵するレベルであり、参考文献に引用される例も増えてきました。

特許知識をはじめ企業・産業界での研究や仕組み・活動の有り様など、大学の講義では学べない世界を、やがて社会に羽ばたく学生達に講義の中で紹介する、それも企業から来た者の務めと心得ております。

微生物・酵素の研究では遣り残したことが多々あり、食品・健康との関連をもって解決していくことが今後の研究の方向ですが、研究機器、スタッフその他不備な環境の中、アイデアを駆使して成果を世に出していきたい。

 

 デザインとは何か? 色々とチャレンジしています!  /生活環境デザイン学科 橋本雅好

◆ 環境と心理の関係からデザインを探っています。

橋本雅好研究室はインテリア・プロダクト分野に所属していますが、インテリアデザインや建築計画、環境心理学を研究室の主要テーマに掲げ、学科の特徴と同様に、様々なテーマを対象としています。例年10名前後の学生が3年生の後期から研究室に配属され、卒業研究のテーマは各自が色々と悩んだ末、4年生になると同時に決めるという形を取っています。各自が日々の生活の中で興味があることや疑問を持っていることなどをテーマとすることにより、卒業研究に対する取り組み方が変わってくると考えています。指導する立場からすると、このような方法では、広く浅くとなってしまう可能性もありますが、納得いくまで何度も繰り返すゼミと各自の積極的な考え方・取り組み方によって、広くとも深くすることが可能であると考えています。

生活環境デザイン学科 橋本雅好

生活環境デザイン学科
橋本雅好

 

名物授業イメージ写真

名物授業イメージ写真

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◆ 学外で色々と体感・チャレンジ!

橋本雅好研究室の活動のひとつとして、様々なプロダクト、インテリア、建築、都市などを実際に体感しています。現在はインターネットやデザイン系雑誌によって様々な情報が簡単に手に入りますが、モノを創るときには、画像情報だけではなく、モノ自体のさわり心地や重さの感覚、その場で感じる雰囲気や違和感、匂い、音、光など様々な情報がモノを創る際の重要なエッセンスとなります。そのため、橋本雅好研究室では、様々な場所にばらまかれているエッセンスを得るためにできる限り体感したいと考えています。直島、金沢21世紀美術館、六本木や表参道といった話題の場所だけでなく、寂れた地区の様子や歴史的建造物の保存状況などを体感したり、実際にモノ創りを体感したり、様々なデザイナーの展覧会、様々な学会の研究会・講演会なども体感しています。

橋本雅好研究室の活動のもうひとつとして、プロダクト、インテリア、建築、都市など様々なジャンルのコンペに積極的に取り組んでいます。卒業設計・制作へ向けての予行練習という意味合いがありますが、共同作業による責任感や結束力を培うことも期待しています。なかなか入選することは難しいですが、これまでにいくつかの賞を得ています。

また、大学周辺の地域との連携も積極的にやっていて、例えば、覚王山に揚輝荘という重要文化財の建物と回遊式庭園がある素敵な場所があります。揚輝荘が生み出す雰囲気を読み取って、庭園に想像上の植物を創って植えたり、茶室にはおもてなしの心を表現した器を浮かべたり。その場に新たな作品を展示することで、新たな揚輝荘の魅力を発見するというテーマで、作品を展示したりしています。

こういった学外での活動は、しっかりと目的を持って取り組めば、社会とつながることで、色々な経験もでき、将来、社会人として必要なことをたくさん学べます。

 

◆ 場を創ることもデザイン

女子大で教えている中で、設計実習で学生らとデザインについて話をしていると、女子特有の視点を感じることが多くあります。そういったときに、女子特有の視点を顕著にすることで何か見えてこないだろうかと思ったりもします。そこで、女子だけでデザインを考える場を創ってみようと考えて、仲間を募り、2010年に「デザイン女子会議」という小さなイベントを企画・実践しました。そこで得た経験を踏まえて、2012年からは、建築・インテリア・プロダクトの卒業設計・制作を一堂に集めて、No.1を競う「デザイン女子No.1決定戦」を企画・実践して、全国のデザイン女子が集う場を作ってきました。女子特有の視点を顕著にすることで見えてくることの答えは、まだ出ていないけれど、手応えは感じていて、継続して行く中で必ず見えてくると信じています。同じ思いを持ちイベントを起こした人たち、そのイベントに賛同して参加してくれた人たちなど、イベントを起こすことによって得られた様々な人たちとのつながりは、必ず将来につながっています。

名物授業イメージ写真

 

 自分を育てよう  /生活環境デザイン学科 滝澤愛

◆ 私の専門

2013年4月に椙山女学園大学に着任いたしまして、この原稿を書いている現在、椙山歴がもうすぐ1年になろうとしております。このページのタイトル、“名物授業・名物教授”には質実共に伴ってはいませんが、私の専門や教育方針について、少しお話をさせて頂こうと思います。

私は大学で被服構成学を専門に学び、卒業2日後にパリへと発ちました。長い歴史の中で培われてきた、服の最高峰であるオートクチュール(高級注文服)を本場で学び、仕事をしたい!という、強く熱く想い抱いてきた夢を実現させるためです。パリでは世界唯一のオートクチュールの学校でデザインや立体裁断、オートクチュールの縫製のノウハウなどを学びました。その後は、当時シャネルやディオールなど10社ほどしかなかった、パリ・オートクチュール組合の正式メンバーの一つのメゾンで、そのメゾンがオートクチュール コレクションを止めるまで働き、研鑽を積むことが出来ました。

帰国後は縁あって大学の世界でも働くこととなり、大学人としては被服構成学を中心としながらも、加えてフランスで修得し仕事をしてきたオートクチュールや服飾デザインを専門としてゼミでは指導をしています。

生活環境デザイン学科 滝澤愛

生活環境デザイン学科
滝澤愛

 

名物授業イメージ写真

パリ・オートクチュールコレクションの
バックステージにて。

名物授業イメージ写真

パリ・プレタポルテコレクションの
バックステージにて。

◆ “服”を大学で学ぶ意味

「服が好きだから。」「ファッションデザイナーになりたい。」という理由で服飾が学べる学校を選んだ、という人も多いでしょう。事実私もそうでした。しかし単に服が好き、というだけで将来服飾の世界で活躍できるわけではありません。

例えばデザイナーという職業を考えたときに、ポッと思い浮かんだアイディアで、1つ2つ良いデザインが出来たとしてもその発想は一過性のものに過ぎず、良いクリエーションを継続できるかというと甚だ疑問です。そんな、“デザインすること”一つとってみても、テーマ、素材、カッティング、色・・・、それらを深く追及、調査、研究していくことで初めて、新しいデザインを発想し続けられる力が生まれてくるのです。

大学では4年間かけて様々な分野を学んでいきます。その中で多角的にものを見て分析する力、自分自身で考え深めていく力などが養われていきます。得られた幅広い分野の知識を横断的に考えて物事を解決していく力も培われることでしょう。また、今必要ないと思っている知識も自分の引き出しに蓄えられ、今後活用することがあるかもしれません。これら大学の学びから得られる力は、クリエーティブな仕事の基盤です。

1800年後半に“ジャポニズム”ブームがヨーロッパで巻き起こって1世紀以上経った1970年代。“2 ème vague(第2波)”としてそのデザインした服で世界を席巻し、現在でもプレタポルテ(高級既製服)のトップデザイナーとしてファッション界に君臨している御三家、こと、川久保玲氏、山本耀司氏、三宅一生氏。パリ・オートクチュール組合の正式メンバーで唯一のアジア人で、長きに渡ってオートクチュールデザイナーとして活躍されてきた森英恵氏。世界が一流デザイナーと目しているその4人が4人とも大卒で、ファッションの道に進んで成功を収めたということは、強ち偶然ではないと考えるのは私だけでしょうか?

 

◆ 自分の「目」を養って欲しい

さて、フランス生活では文化の違いなどに驚かされることがごまんとありましたが、その一つは、ルーブル美術館などで見かける絵を模写している人たちです。子供から大人まで、絵を前に真剣に模写している姿は日本の美術館では見たことのない光景で大変驚きました。と同時に、私たちは美術の教科書でしか見たことのなかったような本の中の有名な絵画を、小さい頃から直接見て育ち、更には本物を見ながら模写まで出来てしまうということに、「これは敵わない。」とつくづく思ったものです。周りを見渡すとアートだけではなく、建築、ファッションなど、様々な本物がそこにあります。小さい頃から日常的にそれらに囲まれて暮らし、“目”が磨かれたフランス人の多くは自身で醜美を明確に判断し、他の人がなんと言おうと自分の価値判断が揺らぎません。服飾の世界でも大切な、そんな自分自身の感性で物を見極められる目、審美眼を育てていくために、本場のファッションや良いとされている“本物”を題材とした教育をするよう心掛けています。一流のものを見て、感じて、考え、学び、自ら何かを掴みとる。私の教育方針の一つです。

またパリコレクションや展示会など、ファッションの“今”と“これから”を時差なく取り入れるようにしています。世界の流行色は2年先のものが発表され、生地は1年先のトレンドが示されています。そして流行に大きく関わる世界4大コレクションのパリ・ミラノ・ロンドン・NYが示す半年後のトレンドや実際の流行色。ファッション業界は先へ、先へ進んでいます。こういったファッションの流れやビジネスの動向を学んでもらった上で、将来服飾の世界で活躍できる人材に成長してもらいたいと考えています。

単なる服好きの一消費者で終わってしまうことのないように。折角大学で服を学んでいるのですから。

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2013年3月「オートクチュール展」(パリ市庁舎)にて。園児が20人程先生に連れられて来ており、シャネルやサンローランの本物のデザイン画を前に銘銘のスタイルで模写していた。

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世界最大の生地の見本市premiere vision parisにて(2014年2月18-20日)2015年春夏の色や生地が広大な会場に並ぶ。

名物授業イメージ写真

2012年3月パリコレクション会場より

 
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